マルチンのマルチン的映画考察

気に入った映画を深く掘り下げて考察していきます。

「スネーキーモンキー 蛇拳」 石丸博也・吹き替え版だからこそ上がるテンション

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  かなり久しぶりに石丸博也さん吹き替え版の「スネーキーモンキー 蛇拳」を見ました。吹き替えのないジャッキー・チェンのDVDは家にあるんですが、どうもピンとこない。”やっぱり自分も歳とったんやね…昔みたいに燃えないわ”と思っていたんだけれども、これは燃える!

 

 ”来週の金曜ロードショージャッキー・チェン”という情報を仕入れ、ビデオデッキになけなしのお小遣いで買ったVHSのテープをセットし、ワクワクしながら標準録画(普段は勿体無いので3倍速)して、贅沢に爪まで折った(普段は繰り返し使用するので絶対折らない)ジャッキー・チェンのビデオは、小学校高学年の私にとって宝物でした。そうやって繰り返し見たテレビ放送のジャッキー映画は、全て石丸博也さんの吹き替え版だったため、私の中で「ジャッキー・チェンの声=石丸博也の声」という構図が自然とできあがっていたんですね。そういえば、初めて本物のジャッキー・チェンの声を聞いた時、”なんか違う…”と、ものすごい違和感を感じたものです。

 

 大人になって、外国映画を吹き替え版で見ることは皆無に等しくなりましたが、ジャッキー・チェンカンフー映画だけは、やっぱり石丸さんの吹き替え版が、私にはしっくりきます。「ボフッ、ホブボフボフッ、シュッシュッ、”ハヤッ!(ここはジャッキーのかけ声)”、ブンブンブン、ボボボボボ、”クッ、ハァ〜ッ!”、ボフボフ………。」という格闘音?戦い音?を聞くと、自然と修行がしたくなるというバカ小学生の血は健在でした。今回も、”あ〜、修行して〜、蛇の動きで棒の上の卵とりて〜”と、思いましたもん。

 

 ジャッキー・チェンに憧れ、両太ももに茶碗を乗せて中腰になり、両手を前に突き出して限界まで耐えるという苦行をしていたあの頃。とりあえず、Tシャツではない白シャツ、黒帯、グレーのダボっとしたズボンと黒のカンフーシューズは欲しかった。そして長い箸でご飯を食べてみたかった。横長の木の椅子も欲しかったし、何よりユアン・シャオ・ティエンみたいなお師匠さんが欲しかったですね。本当に。心から。

 

 お年玉で買った「ジャッキー・チェン大百科」や、映画漫画?(映画の画面を写真に撮って、吹き出しでセリフを書いている漫画形式の本)を、何度読んだことか。当然、家の柱を相手に戦いましたけどね。”シュッ、シュッ”って、自分で効果音出しながら。長い棒も振り回しましたけどね。ひとりで。ひっそりと。

 

 久しぶりに見た「スネーキーモンキー 蛇拳」は、ロシア人の宣教師が実は鷹牙拳の使い手だったという設定にも笑ったけど、何よりも強烈だったのは、本物の猫とコブラのガチンコ勝負!なぜ、広東の道場の納屋にコブラが…。途中で猫はコブラに巻きつかれて、1メートル以上飛び上がっていたけど、あれって猫は大丈夫だったのでしょうか?最後は猫パンチでコブラをぶち殺したことになっていましたが…。一抹の不安は残るものの、迫力満点の映像でした。今なら、動物愛護団体などからクレームが殺到して、あのシーンはカットされるかもしれません。

 

 しかしその猫のおかげで、ジャッキーは「必殺猫爪崩し」という新拳法を編み出し、鷹牙拳のラスボスを倒します。毎度のことですが、ラスボスは、見た目のクセもカンフーも強くて、印象に残るキャラでした。彼の名は”シャンクワン・イーユン”、鷹牙拳の達人だっ!ボボボボボ、ボフボフ。まだちょっとテンション高め。

 

 

 

 

 

 

「幸せなひとりぼっち」 切ないおっさん映画の秀作

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 ヘイ。スウェーデン語でこんにちは。ということで、「ゴッドファーザー」をひたすら連発するのもどうかという意見をいただいたので、今日は最近グッときた映画を紹介します。それが「幸せなひとりぼっち」。2015年製作のスウェーデン映画です。監督と脚本はハンネス・ホルム。原作はフレドリック・バックマンの同名小説。

 

 私は常々、自分の前世はおっさんだったのではないかと思っているのですが、その根拠は”切ないおっさんに共感してしまう”という点にあります。この「幸せなひとりぼっち」の主人公”オーヴェ”がまさにドストライク。激しく感情移入してしまい、気がつけばひとり泣き。感動とか、悲しいとか、そういうのではなく、人の話を聞いて、思わずもらい泣きしてしまうような感覚です。

 

 オーヴェは幼少期に母親と死別し、まじめで正直者の父親に育てられました。そんな父親も、オーヴェが16歳の時に亡くなってしまいます。オーヴェは父親が勤務していた鉄道局に就職し、清掃係として働き始めます。ひたすらまじめに働き、楽しみといえば車の修理くらいだったオーヴェは、美人で明るくて心優しいソーニャと出会い、恋をします。

 

 このソーニャという女性が実に美しい。2人が初めてレストランでデートした日。オーヴェは貧乏だったので、スープしか頼みません。ソーニャは当然、理由を聞きます。オーヴェは正直に”自分は電車の清掃係で、家も丸焼けになってお金がないので、君が好きなものを注文できるように食事はしてきた”と告白し、嫌われただろうと思い込んで席を立ちます。さあ、こんな時あなたならどうします?

 

 ソーニャははいきなりオーヴェを捕まえ、公衆の面前で自分から熱烈なキスをするんですね。言葉は一切ありませんが、ソーニャがオーヴェの誠実さに感動し、”私はそんなあなたが大好きよ!”と、心の中で叫んでるのがビシビシと伝わってきます。素晴らしいラブシーンです。

 

 59歳になったオーヴェは、最愛のソーニャに先立たれ、会社をリストラされ、人生のどん底にいます。もともと偏屈気味だった性格に拍車がかかり、とにかく何もかもが腹立たしい。楽しいことなんてひとつもないし、早くソーニャのところに逝きたくて、何度も自殺を試みるのですが、いろいろあってなかなか死ねません。詳しい内容は、ネタバレになるので伏せておきます。

 

 思わず笑い泣きをしてしまったのが、ソーニャに赤ちゃんができたことを告白されるシーンです。ソーニャに”あなたはパパになるのよ”と言われたオーヴェは、”でかしたぞ、ソーニャ!”なんてゲスいことを言わず、慌てた様子で”車を買い換えなきゃ”と言い出します。ソーニャが笑って、”車よりゆりかごが先でしょう”と言うと、オーヴェは大まじめな顔でうなずき、すぐにゆりかごを作り始めるんですね。2人でチークダンスを踊っていたのに。

 

 ここ、笑いながらボロ泣きしました。”誠実に愛するってそういうことなんだよなあ”としみじみ思いました。”君を一生幸せにするよ”なんてオーヴェは多分言っていませんが、ソーニャはものすごく愛されていることを肌で感じているので、いつも幸せそうです。そこ、ものすごく大事。愛情って、言葉や物で表現できるものではなく、嫌でも滲み出てくるもんなんですよね。だから、嘘は通用しません。親しくなればなるほど、愛されているのかいないのかは、はっきりわかるものです。

 

 後は、ずっと毛嫌いしていた野良猫を家で飼う羽目になったオーヴェが、いつの間にかその猫に愛情を感じ、何気に一緒のベッドで寝ているシーンもグッときましたね。オーヴェは不器用なおっさんなので、”ヨチヨチ、可愛い猫ちゃん”なんて絶対言いません。猫に名前すらつけません。でも、一度愛すると彼はとことん誠実で、まじめに愛情を注ぎます。そのうえで、例え相手が猫であっても、互いのプライベートには干渉しないような、エチケットを守っています。私は相手が人間でも動物でも、支配するのもされるのも大嫌いなので、オーヴェ大絶賛。

 

 オーヴェを演じたロルフ・ラスゴードも、ソーニャを演じたイーダ・エングヴォルも、とても魅力のある役者さんでした。感動の押し売り的な下品な作品ではなく、淡々としているのになんか知らんけど泣けてくるような秀作です。

 

 それにしても、妻に先立たれた切ないおっさんの映画はパッと数本すぐに思い浮かぶのに、夫に先立たれた切ない妻の映画が全然浮かんでこないのはなぜだろうか。ちなみに、ハンネル・ホルム監督が参考にした映画は、「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」(85)、「フォレスト・ガンプ」(94)、「アバウト・シュミット」(02)、「恋愛小説家」(97)だそうです。私は”切ないおっさん映画”として、後半の2本もおすすめします。どちらも主演は、ジャック・ニコルソンです。ちょっとニヤつきますね。

 

 

 

フランシス・フォード・コッポラ監督とひげ

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 ボナセーラ。さて、マリオ・プーゾから大人気小説「ゴッドファーザー」の映画化権を出血大サービス価格で買い取ったパラマウントは、”じゃあ、まあ映画にしよっかね”と動き出します。しかし、1969年当時、ハリウッドの映画産業は低迷しており、パラマウントも不景気でした。

 

 パラマウントのお偉方は、”予算は200万ドル程度に抑えて、アクション中心の気軽な感じのギャング映画にしてもらえる?”と有名プロデューサーに声をかけ始めるのですが、”はあ?予算安すぎだし、マフィアっていうのもねー、いろいろと面倒くさいっしょ”と、誰も引き受けてくれません。そこで、”失敗作を3本作った経験しかないけど、とにかく安く映画を作れる若手がいるらしい”と噂になっていたアルバート・S・ラディに白羽の矢が立ちます。

 

 若いラディは喜んでこの話を引き受け、精力的に動き出します。これが予想以上に掘り出し物の人選でした。パラマウントは、またまたお得物件を手に入れたわけです。

 

 ラディはハリウッドの常識を無視して、原作者のマリオ・プーゾに脚本の執筆を依頼します。小説と脚本は、似ているようで全くの別物。”小説家は原作に思い入れがありすぎて、脚本を書かすとダメだ”というのがハリウッドの常識でした。しかしラディは、”誰よりもドン・コルレオーネとファミリーのことをよく知る人物が脚本を書くべきだ”と考えます。柔軟です。遅咲きのプーゾも快くこの仕事を引き受けてくれ、さあ、次はいよいよ監督選びです。

 

 しかし、プロデューサー同様、有名監督は全滅。そこで、ヒット作の実績はないけれど、その才能が認められつつあった脚本家兼監督のフランシス・フォード・コッポラに、この話が回ってきます。この時コッポラは、まだ31歳でした。

 

 若手監督にとっては大きなチャンスなわけで、コッポラも”やりましょう!”と即答するのかと思いきや、彼はこの話を断ってしまいます。すでにハリウッドで監督経験のあったコッポラは、商業的なハリウッドと距離を置き、独自の映画製作をしたいと考えていたのです。

 

 そんなコッポラの考え方に賛同し、彼を兄貴分として慕っていたのが、若かりし頃のジョージ・ルーカスでした。「スター・ウォーズ・シリーズ」で有名な、あのジョージ・ルーカスです。

 

 コッポラはルーカスに、”いいかジョージ、スタッフやキャストにナメられたくなかったらひげを生やせ”とアドバイスしています。というのも、20代で商業映画の監督デビューをしていたコッポラは、生やしていたひげを剃った途端、みんなが自分の言うことを聞かなくなったという苦い経験をしていたのです。コッポラはひげの大切さを痛感し、それ以来ひげを絶やさなくなりました。そしてルーカスも、信頼する兄貴分の教えを守り、ずっとひげを生やしています。2人のトレードマークともいえるあのひげには、こんな深い理由があったんですね。同じくひげを生やしているスティーヴン・スピルバーグも、親友のルーカスに、”ひげは大事だぜ”と言われたのかもしれません。知らないけど。

 

 1969年11月、仲良くひげを生やしたコッポラとルーカスは、サンフランシスコに自分たちの映画製作会社「ゾーイトロープ」を立ち上げます。会社設立のための資金60万ドルは、ワーナー・ブラザーズが融資してくれました。

 

 しかし、「ゾーイトロープ」は活動開始からたった9ヶ月で経済的に存続の危機を迎え、コッポラは多額の負債を抱えます。そんな時、再びコッポラに「ゴッドファーザー」の監督依頼があります。ルーカスにも、”会社を救いたいなら、この仕事をするべきだよ”と説得され、コッポラはついに「ゴッドファーザー」の監督を引き受けます。

 

 ラディがコッポラ監督にこだわった理由は3つあります。①脚本家の経験があるので、プーゾと共同執筆ができること。②イタリア系アメリカ人なのでイタリアの伝統や文化に精通しているし、映画の製作に反対しているイタリア系アメリカ人団体の印象もいいこと。③そして何よりも重要なのは、才能があってギャラが安いこと。

 

 こうして、「ゴッドファーザー」の舞台裏の主役は揃いました。ラディは、イタリア系アメリカ人団体の抗議活動や本物のマフィアの圧力に悩まされながら、撮影開始に向けて準備を進めます。コッポラ監督も、”口説きの天才”と呼ばれる話術でパラマウントのお偉方を説得し、「ゴッドファーザー」を安っぽいアクション映画ではなく、リアリズムにこだわった質の高い作品にすることを認めさせます。その決定により、予算も引き上げられました。いやー、良かった。

 

 とはいえ、まだまだ問題は山積みで、いろいろと大変なことは続くわけですが…。そこはもういい。”巨匠のひげには意味がある!”ということだけ覚えてもらえれば。私は、宮崎駿監督のひげもそれくさいと睨んでいるんですが、どうなのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

「ゴッドファーザー」の原作者マリオ・プーゾについて

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 ボナセーラ。今回はこの壮大な物語の生みの親である原作者のマリオ・プーゾについてお話したいと思います。なかなか映画が始まらねえ!と思っているあなた。私もそう思います。でもここ大事なとこですから。私にとっては。ちなみに下手なイラストは浪速のモーツァルトことキダ・タロー大先生ではありません。顔は全然似ていませんが、あくまでマリオ・プーゾです。髪型とメガネはこんな感じ。後ろ毛長めのオールバック。プーゾはまあまあクセのあるルックスをしています。

 

 さて、世界で最も有名なマフィアの一家、”コルレオーネ・ファミリー”は、イタリア系移民の両親を持つマリオ・プーゾという作家によって生み出されました。

 彼が生まれ育ったのは、イタリア系移民が数多く暮らすニューヨークのスラム街で、幼い頃のプーゾは、”陽気なイタリア人”なんて見たことがなかったそう。確かにイタリア人といえば、”ハッハッハ!トマトソースにはたっぷりにんにくを効かせろよ!”なんて言いながら、ワインをがぶ飲みしている能天気な親父が頭に浮かびますが、イタリア映画を見て、”さすがにイタリア人は明るいね〜”と思うことは稀です。

 イタリア映画界の巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の「道」(54)や「甘い生活」(59)を見ても、はたまたヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」(48)や「ひまわり」(70)を見ても、”陽気”とは程遠い印象を受けます。イタリア映画については、また詳しく考察する予定です。それまで頑張って続けよう…。

 

 スラム街の貧困家庭に育ったプーゾは、16歳の時に”有名な作家になって金持ちになってやる!”と決意します。しかしその後ずーっと鳴かず飛ばずのままでした。そして45歳の時、”このままではいかん!”と一念発起し、「ゴッドファーザー」の執筆作業を始めます。積もり積もった借金が2万ドル(日本円にすると230万円ほどですが、50年も前の話なんで、もっと高額なイメージでしょうか)に膨らみ、さすがにまずいと思ったらしいです。”気づくの遅くねえ?”と思わなくもないですが、全然諦めていないところがすごいとも言えます。

 

 作家になることを決意してから30年の時を経て、本気モードにスイッチの入ったプーゾは、入念な取材を重ね、3年という月日を費やして、ビトー・コルレオーネとそのファミリーの壮大な物語を書き上げます。そして1996年3月10日、ついに「ゴッドファーザー」は出版の時を迎えます。小説は発売と同時に記録的なペースで売れ続け、プーゾは48歳にして有名作家の仲間入りを果たしました。ちなみにプーゾは、小説が完成した時点でさっさとヨーロッパへカジノ旅行に出かけ、大損こいて帰国して、自分が大金持ちになったことを知ります。人生まさにギャンブル。

 

 これほどの大ベストセラーをハリウッドの映画会社が放っておくわけがない!ということで、熾烈な映画化権争いが起こると思いきや。金に困っていたプーゾは、未完成の小説をすでにパラマウント映画に売り込んでおり、小説発売の2年前に8万ドルという破格の安値で映画化権を売る契約をしていたのです。同時期のベストセラー小説の映画化権には、40万ドルから100万ドルの値がついていたことを考えると、パラマウントは笑いが止まらなかったことでしょう。後にプーゾは、”あの時は目先の金が欲しかった”と正直に語っています。”セックス・ピストルズを再結成したのは金のためだ”と言い切ったジョニー・ロットンみたいでかっこいい。ちょっと違うか。もちろんプーゾは莫大な印税を手にしているので、”1億円くらい別にいいや”と思ったのかもしれません。なんにせよ、ハリウッドはいちいち桁がでかいですね。

 

  原作小説もバカ売れしているし、映画化権は超安値で買えたし、パラマウントはノリノリで映画製作を開始するはずだったのですが…。ここから映画「ゴッドファーザー」の完成までには、3年の月日を要します。映画完成までの苦難の道のりについては、次回から詳しく書いていきます。でも、あまりに詳しく書くといつまで経っても映画そのものの話ができないので、要点だけをすっきりまとめて1回で終わらせようと思っています。できるのか?私。

 

 私はマリオ・プーゾの人生から、”だいたい30年ぐらいは諦めるな、ジリ貧になれば火事場の馬鹿力でなんとかなるかも”というありがたい教訓を学びました。その一方で、”30年はちょっと長いよね…プーゾの後ろ毛もちょっと長いよね…”とも思っています。

 

 

 

 

 

 

「ゴッドファーザーとの出会い」

 

 

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 今思えば…私が初めて「ゴッドファーザー」の世界に触れたのは中学生の頃。地元の暴走族の人々が暴走する時、なぜか”パラリラリラリラララララ〜♪”というゴッドファーザーのテーマのサビ部分をクラクション?かなんかよくわからないもので鳴らしていたのですね。かなりの頻度で。しかしその時点で私は「ゴッドファーザー」の存在を全く知らなかったため、あの名曲のフレーズも”ヤンキーの人が好んで使うフレーズ”という認識だったわけです。あの人たちは「ゴッドファーザー」を見ていたのだろうか?多分見ていないと思うんだけども‥。ちなみに私があの”パラリラリラリ”がとんでもない名作映画のテーマ曲のフレーズだと知ったのは、それから10年以上も後のこと。

 

 あの曲がこんな風に利用されていたと知ったら、フランシス・フォード・コッポラ監督も作曲者のニーノ・ロータもびっくりすることでしょう。なぜ彼らがあのフレーズを使いまくっていたのかは未だに謎。ひらがなを難解な漢字にしたがる(よろしく→夜露死苦、きまぐれ→鬼魔愚零など)のかも謎。う…ごめんなさい。書きながら爆笑してしまいました。すげえな、鬼魔愚零って。

 

 私の謎はさておき…。「ゴッドファーザー」は確かにマフィアのファミリーの物語ですが、日本の任侠映画とは全く違う猛烈に芸術性の高い作品です。無知な私は、長らくこの名作を”ヤンキーの人に好まれる映画”と認識していたため、喰わず嫌いで見ていませんでした。ムッキー!なんたらもったいないことをしてしまったのか。ヤンキーも罪なことをしなさる。というわけで、大変にしょうもない私の「ゴッドファーザーとの出会い」についてでした。次回からは「ゴッドファーザー」のことをきちんと書いていきます。夜露死苦

 

 

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ゴッドファーザー オリジナル・サウンドトラック

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マルチンが映画を語ろうと思ったわけ

 マルチンは数年前に映画の勉強をしようと思い立ち、学校に通ってみたりもしたのですが、最終的に”映画を学ぶにはたくさんの映画を見るのが1番だ”という結論に至りました。それからほぼ毎日、修行のように映画を見続けております。

 仕事として映画関連の記事を書いていますが、そこでは書ききれないことがたくさんあるんです。それならば、ひっそり自分のブログを開設してしまおうと。それは前から思っていたんですが、いざとなると面倒くさいものですね。私だけかしら?私はとても面倒くさがりなんです。

 しかし、やっぱり好きな映画を深く考察する記事を書きたいもんだという欲望が抑えきれなくなり、重たい腰を上げてブログを開設してみました。仕事をしつつ、個人的なブログをどのくらいの頻度で更新できるかは未知数ですが、ゆるゆるやっていきたいと思っています。どうぞよろしく。