マルチンのマルチン的映画考察

気に入った映画を深く掘り下げて考察していきます。

「ゴッドファーザー」の原作者マリオ・プーゾについて

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 ボナセーラ。今回はこの壮大な物語の生みの親である原作者のマリオ・プーゾについてお話したいと思います。なかなか映画が始まらねえ!と思っているあなた。私もそう思います。でもここ大事なとこですから。私にとっては。ちなみに下手なイラストは浪速のモーツァルトことキダ・タロー大先生ではありません。顔は全然似ていませんが、あくまでマリオ・プーゾです。髪型とメガネはこんな感じ。後ろ毛長めのオールバック。プーゾはまあまあクセのあるルックスをしています。

 

 さて、世界で最も有名なマフィアの一家、”コルレオーネ・ファミリー”は、イタリア系移民の両親を持つマリオ・プーゾという作家によって生み出されました。

 彼が生まれ育ったのは、イタリア系移民が数多く暮らすニューヨークのスラム街で、幼い頃のプーゾは、”陽気なイタリア人”なんて見たことがなかったそう。確かにイタリア人といえば、”ハッハッハ!トマトソースにはたっぷりにんにくを効かせろよ!”なんて言いながら、ワインをがぶ飲みしている能天気な親父が頭に浮かびますが、イタリア映画を見て、”さすがにイタリア人は明るいね〜”と思うことは稀です。

 イタリア映画界の巨匠フェデリコ・フェリーニ監督の「道」(54)や「甘い生活」(59)を見ても、はたまたヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」(48)や「ひまわり」(70)を見ても、”陽気”とは程遠い印象を受けます。イタリア映画については、また詳しく考察する予定です。それまで頑張って続けよう…。

 

 スラム街の貧困家庭に育ったプーゾは、16歳の時に”有名な作家になって金持ちになってやる!”と決意します。しかしその後ずーっと鳴かず飛ばずのままでした。そして45歳の時、”このままではいかん!”と一念発起し、「ゴッドファーザー」の執筆作業を始めます。積もり積もった借金が2万ドル(日本円にすると230万円ほどですが、50年も前の話なんで、もっと高額なイメージでしょうか)に膨らみ、さすがにまずいと思ったらしいです。”気づくの遅くねえ?”と思わなくもないですが、全然諦めていないところがすごいとも言えます。

 

 作家になることを決意してから30年の時を経て、本気モードにスイッチの入ったプーゾは、入念な取材を重ね、3年という月日を費やして、ビトー・コルレオーネとそのファミリーの壮大な物語を書き上げます。そして1996年3月10日、ついに「ゴッドファーザー」は出版の時を迎えます。小説は発売と同時に記録的なペースで売れ続け、プーゾは48歳にして有名作家の仲間入りを果たしました。ちなみにプーゾは、小説が完成した時点でさっさとヨーロッパへカジノ旅行に出かけ、大損こいて帰国して、自分が大金持ちになったことを知ります。人生まさにギャンブル。

 

 これほどの大ベストセラーをハリウッドの映画会社が放っておくわけがない!ということで、熾烈な映画化権争いが起こると思いきや。金に困っていたプーゾは、未完成の小説をすでにパラマウント映画に売り込んでおり、小説発売の2年前に8万ドルという破格の安値で映画化権を売る契約をしていたのです。同時期のベストセラー小説の映画化権には、40万ドルから100万ドルの値がついていたことを考えると、パラマウントは笑いが止まらなかったことでしょう。後にプーゾは、”あの時は目先の金が欲しかった”と正直に語っています。”セックス・ピストルズを再結成したのは金のためだ”と言い切ったジョニー・ロットンみたいでかっこいい。ちょっと違うか。もちろんプーゾは莫大な印税を手にしているので、”1億円くらい別にいいや”と思ったのかもしれません。なんにせよ、ハリウッドはいちいち桁がでかいですね。

 

  原作小説もバカ売れしているし、映画化権は超安値で買えたし、パラマウントはノリノリで映画製作を開始するはずだったのですが…。ここから映画「ゴッドファーザー」の完成までには、3年の月日を要します。映画完成までの苦難の道のりについては、次回から詳しく書いていきます。でも、あまりに詳しく書くといつまで経っても映画そのものの話ができないので、要点だけをすっきりまとめて1回で終わらせようと思っています。できるのか?私。

 

 私はマリオ・プーゾの人生から、”だいたい30年ぐらいは諦めるな、ジリ貧になれば火事場の馬鹿力でなんとかなるかも”というありがたい教訓を学びました。その一方で、”30年はちょっと長いよね…プーゾの後ろ毛もちょっと長いよね…”とも思っています。