マルチンのマルチン的映画考察

気に入った映画を深く掘り下げて考察していきます。

フランシス・フォード・コッポラ監督とひげ

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 ボナセーラ。さて、マリオ・プーゾから大人気小説「ゴッドファーザー」の映画化権を出血大サービス価格で買い取ったパラマウントは、”じゃあ、まあ映画にしよっかね”と動き出します。しかし、1969年当時、ハリウッドの映画産業は低迷しており、パラマウントも不景気でした。

 

 パラマウントのお偉方は、”予算は200万ドル程度に抑えて、アクション中心の気軽な感じのギャング映画にしてもらえる?”と有名プロデューサーに声をかけ始めるのですが、”はあ?予算安すぎだし、マフィアっていうのもねー、いろいろと面倒くさいっしょ”と、誰も引き受けてくれません。そこで、”失敗作を3本作った経験しかないけど、とにかく安く映画を作れる若手がいるらしい”と噂になっていたアルバート・S・ラディに白羽の矢が立ちます。

 

 若いラディは喜んでこの話を引き受け、精力的に動き出します。これが予想以上に掘り出し物の人選でした。パラマウントは、またまたお得物件を手に入れたわけです。

 

 ラディはハリウッドの常識を無視して、原作者のマリオ・プーゾに脚本の執筆を依頼します。小説と脚本は、似ているようで全くの別物。”小説家は原作に思い入れがありすぎて、脚本を書かすとダメだ”というのがハリウッドの常識でした。しかしラディは、”誰よりもドン・コルレオーネとファミリーのことをよく知る人物が脚本を書くべきだ”と考えます。柔軟です。遅咲きのプーゾも快くこの仕事を引き受けてくれ、さあ、次はいよいよ監督選びです。

 

 しかし、プロデューサー同様、有名監督は全滅。そこで、ヒット作の実績はないけれど、その才能が認められつつあった脚本家兼監督のフランシス・フォード・コッポラに、この話が回ってきます。この時コッポラは、まだ31歳でした。

 

 若手監督にとっては大きなチャンスなわけで、コッポラも”やりましょう!”と即答するのかと思いきや、彼はこの話を断ってしまいます。すでにハリウッドで監督経験のあったコッポラは、商業的なハリウッドと距離を置き、独自の映画製作をしたいと考えていたのです。

 

 そんなコッポラの考え方に賛同し、彼を兄貴分として慕っていたのが、若かりし頃のジョージ・ルーカスでした。「スター・ウォーズ・シリーズ」で有名な、あのジョージ・ルーカスです。

 

 コッポラはルーカスに、”いいかジョージ、スタッフやキャストにナメられたくなかったらひげを生やせ”とアドバイスしています。というのも、20代で商業映画の監督デビューをしていたコッポラは、生やしていたひげを剃った途端、みんなが自分の言うことを聞かなくなったという苦い経験をしていたのです。コッポラはひげの大切さを痛感し、それ以来ひげを絶やさなくなりました。そしてルーカスも、信頼する兄貴分の教えを守り、ずっとひげを生やしています。2人のトレードマークともいえるあのひげには、こんな深い理由があったんですね。同じくひげを生やしているスティーヴン・スピルバーグも、親友のルーカスに、”ひげは大事だぜ”と言われたのかもしれません。知らないけど。

 

 1969年11月、仲良くひげを生やしたコッポラとルーカスは、サンフランシスコに自分たちの映画製作会社「ゾーイトロープ」を立ち上げます。会社設立のための資金60万ドルは、ワーナー・ブラザーズが融資してくれました。

 

 しかし、「ゾーイトロープ」は活動開始からたった9ヶ月で経済的に存続の危機を迎え、コッポラは多額の負債を抱えます。そんな時、再びコッポラに「ゴッドファーザー」の監督依頼があります。ルーカスにも、”会社を救いたいなら、この仕事をするべきだよ”と説得され、コッポラはついに「ゴッドファーザー」の監督を引き受けます。

 

 ラディがコッポラ監督にこだわった理由は3つあります。①脚本家の経験があるので、プーゾと共同執筆ができること。②イタリア系アメリカ人なのでイタリアの伝統や文化に精通しているし、映画の製作に反対しているイタリア系アメリカ人団体の印象もいいこと。③そして何よりも重要なのは、才能があってギャラが安いこと。

 

 こうして、「ゴッドファーザー」の舞台裏の主役は揃いました。ラディは、イタリア系アメリカ人団体の抗議活動や本物のマフィアの圧力に悩まされながら、撮影開始に向けて準備を進めます。コッポラ監督も、”口説きの天才”と呼ばれる話術でパラマウントのお偉方を説得し、「ゴッドファーザー」を安っぽいアクション映画ではなく、リアリズムにこだわった質の高い作品にすることを認めさせます。その決定により、予算も引き上げられました。いやー、良かった。

 

 とはいえ、まだまだ問題は山積みで、いろいろと大変なことは続くわけですが…。そこはもういい。”巨匠のひげには意味がある!”ということだけ覚えてもらえれば。私は、宮崎駿監督のひげもそれくさいと睨んでいるんですが、どうなのかしら。